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仮想被災倶楽部・初日

震災当時の様子を、ちょっと蓮子さんに代理で出ていただいてSSっぽくしてみた次第。
まぁ蓮子でやる意味はないんですけど、蓮子だったらちょっと想像しやすいかなとか思った。
仮想っていうのはそんな感じの意味です。
書き始めたのは地震から1週間後のことだったんですが、どうにも復旧作業ばかりでここまで時間がかかってしまいました。
今も仙台の親戚の家に居候している身ですし、ある程度仙台が回り始めた1週間後くらいまでをかけたらなと。
当時の実体験ベースなので、ぐちゃぐちゃ何度も同じ事書いているあたり記憶の混乱が多々見られました。
何が起きたかメモしてたのに。

とりあえず、仙台の中心部ではこんな状態だったんだなという雰囲気がわかっていただければ幸いです。

※2011.03.11 仙台市青葉区→若林区まで。




 初めは、悪い夢かと思った。
 私が小学生の頃、新東京の実家でテレビを通してそれを見ていた。
 年齢のせいか、それとも単純に想像の域を超えたからかその光景がどうしても夢物語にしか思えなかったのだ。
 崩れた道、燃える町、避難所の人々。
 亡くなった人の数なんて算数でしか聞かないような人数だし、水も電気も通らないということ事態がありえなかった。
 生まれたときから、その恩恵を享受していた。
 画面の向こうの光景も、文字通り地面で続いたところで起きた事柄だったのに。
 
 
 
 
 
 平成二十三年 三月十一日 午後二時三十六分
 
 当日の天気は曇り。
 そのとき私は、大学の事務室で電卓を叩いていた。
 財務課でちょっとした手伝いをしていて、普段とは違う計算に頭を悩ませていたと思う。
 翌日には新東京でメリーと遊ぶ約束をしていたのだ。
 財布の中には、朝早くの新幹線の切符。
 さらに次の日には、大きいイベントが待っていた。
 しばらく会ってなかった知り合いにも会える、またとない機会だった。
 そう、あと数時間もすれば今日の業務も終わりで明日からの旅行の準備をしなくてはならない。
 今日のことはもはや思考のうちに無く、気持ちはもう日付変更線の向こう側。
 そのはずだった。
 震災の始まりは、館内に流れた緊急地震速報。
 その時は、暢気にも「ああ、揺れるんだな」としか考えていなかった。
 私が体感したことがある最大の震度は、6弱。
 それでもライフラインが断絶されることはなかったし、家自体にもほとんど被害が無かった。
 ……まぁ、散らかった私の部屋には大打撃だったけど。
 ともあれ、今日は電車が止まっても明日にはなんとかなる。
 そう、考えていた。
 直後、その考えが甘かったと気付かされる。
 揺れの感じから、数日前の震度4程度の揺れが襲ってきたのだと思った。
 今思えば、それは初期微動だったのだろう。
 突然、足元が引き抜かれたような揺れが襲った。
 外に出ろと、係長の声が響く。
 無我夢中だった。
 キャビネットからチューブファイルが飛び出し、蛍光灯の光が途切れる中で建物の外に脱出する。
 この時のことは、よく覚えていない。
 逃げること。
 そのことだけに、意識が向いていた。
 とにかく、とにかく外へ。
 建物の中にいたら死ぬ。
 その直感だけで、私の体は動いていた。
 外に出ると、各館から教職員と生徒が脱出してきていた。
 後から聞いた話だが、教授の研究室で本の雪崩が起きて脱出できなかった人もいたらしい。
 さらにタイミングが悪く、就職課主催のイベントがあった。
 春休みにしては、珍しく人が多い日だったのだ。
 最初は本館前に集められていたのだが、人が入りきらないために向かいにあるテニスコートに誘導された。
 この間、揺れは全然収まらない。
 高校時代、地震が体験できる車に乗ったことがあるがこんな長時間揺らされたことはない。
 時間にして、三分超。
 テニスコートに座り込む女子生徒、それを落ち着かせる職員。
 私はなんとか立っていたが、揺れ続ける地面に酔いを感じていた。
 揺れが収まっても、地面が揺れているような錯覚。
 慌てて携帯電話を取り出すも、電波がほとんど立っていない状況だった。
 先ほどよりも、心なしか地面に座り込む人が多い。
 その理由は、先ほどの揺れに酔っているからだ。
 かく言う私も、気分が悪い。
 世界が回っている。
 思わず、私もブルーシートに膝をつく。
 メリーと一緒にいろいろな乗り物に乗ったけど、私は一度も酔ったことがない。
 熱に魘された時の覚束ない感じといえば、わかってもらえるだろうか。
 つい十分前まで、私は健康そのものであったし怪我もしていない。
 薄ぼんやりと、私は再びキャンパスに戻る職員を見送る。
 どうやら、罹災した建物の様子を見に行くらしい。
 私も一緒についていきたかったが、時折余震と思われる揺れが続いている。
 安全上の理由と、私の足がいうことをきかなかったことからそれは叶わなかった。
 ……朝から曇っていた外の空気が、思い出したように私に突き刺さる。
 
 
 
 数十分後、生徒と教職員は自分の荷物を持ってこれるようになった。
 もちろん、出来るだけ短い時間でだ。
 一応事務室の手伝いということで、私はカチカチのスーツ。
 毛布が配られたといっても、この曇り空の下では厳しい。
 事実、手の感覚がほとんどない。
 電話は依然としてつながらないけど、なんとかインターネットは見れた。
 マグニチュード、8.8。
 私がいた場所の震度は、6弱。
 体感では、そんなものをとっくに超えていた。
 数字として表されても、全然実感が持てない。
 理屈とか、そんなもので先ほどの恐怖は表せない。
 どの言葉を以って、あの状況を表せというのか。
 呆然と見つめていた携帯電話の画面に、白い点が一つ。
 点はじわりと溶けて、情報を光に分解する。
 視線を上げれば、空から落ちる雲よりも色濃い小さな点。
 雪が降ってきた。
 ……もし神様がいるならば、よほど根性が捻じ曲がっているに違いない。
 誰もかも着の身着のまま……防寒着もないままに飛び出した。
 雪と風を凌ぐ建物は、現在地震で大きなダメージを受けている。
 せめて雪だけ凌ごうと木陰に入ろうとすれば、大きな枝が今にも落ちるとばかりのひび割れを見せていた。
 誰かの仕業なら、感情を叩きつけてうさ晴らしもできたろうに。
 行き場のないもやもやした思いは、私の中に沈殿する。
 手元の携帯に目を戻せば、30分前に届いたメールの通知。
 どうやら、サーバーに詰まっていたようだ。
 送り主は母。
「避難所にいます」
 どうやら、実家にいた家族は無事なようだ。
 とりあえず、安心する。
 今日は帰れずとも、揺れが大きかっただけ。
 部屋は大変なことになっているだろうけど、掃除のいい機会だと思うことにする。
 ……ただ、私が体験したことがあるどの地震とも雰囲気が違った。
 降る雪の勢いは増すばかりで、学生は体育館へ誘導されていく。
 副学長からの連絡では、帰れる生徒は気をつけて帰れとのこと。
 幸い、私は歩いて一時間もかからないところに親戚の家がある。
 時計を見ると、すでに地震から二時間も経っていた。
 たった、二時間でこんなにも私の世界は変わってしまった。
 雪も、勢いを弱めることなく積もり続ける。
 見る見るうちに、雪は積もる。
 あっという間に、歩道は真白に染まる。
 周囲を見回せば、随分と丈の短いスカートをはいた女の姿。
 上着はダウンを着ているものの、足から体温を奪われる。
 それは、スカートの私も同様だった。
 幸い、私は近くに母の実家がある。
 とりあえずは、雨風をしのげるだろう。
 私は、お手伝いしていた課の人に事情を伝えて大学を後にした。
 余震は続いていたものの、パニック状態も収まり始めていたから事情は簡単に伝わったようだ。
 ここまで私がある程度冷静に動けたことには、もちろん理由がある。
 大きい地震とはいえ、傍目には大きな被害が見当たらなかったからだ。
 確かに、コートを置いていた部局の中は書類が落ちたり棚がずれたりとよく見る地震の惨状だった。
 しかし、建物を外から見ると亀裂なんかはあまり見当たらない。
 だから、私は不安をあまり感じないうちに大学を出た。
 情報収集をしなかったのは、現実と向き合いたくなかったかもしれない。
 
 
 
 
 母方の実家、つまり祖父母の家まではどんなにかかっても1時間。
 普段行く時は自家用車だし、大学から歩くのは初めてのことだった。
 時刻は、五時を回る。
 空は曇ったままで、私の力は全く及ばなかった。
 陽の光がないためか、先ほどよりもぐんと気温が下がったように感じる。
 コートを着て、マフラーと手袋をしているのに震えが止まらない。
 電気が止まっているためか、電灯はどこもかしこも点いていない。
 しかし、自動車が行きかうせいで灯りがないということはなかった。
 むしろ、普通に自動車が走っているということで日常にいるという安心感を覚える。
 途中、無理やり営業しているパン屋があったのでラスクやコッペパンを買わせてもらった。
 この状況で、物が買えるだけでもありがたい。
 若林区役所の前まで来ると、ほとんど真っ暗になった。
 行きかう自動車の他には、灯りはない。
 申し訳程度に、私は携帯の懐中電灯機能を使う。
 足元を照らすというよりも、自分がいるということを示したい。
 こんなときに事故にあうなど、馬鹿馬鹿しくてやってられないからだ。
 移動する途中で私が最も怖かった瞬間は、片道二車線以上の道路を渡る時。
 何せ、電気がないから信号も止まっている。
 まして、この混乱が各所で起きているとすれば警察官の数はとてもじゃないが足りないだろう。
 それでも一般道が混乱していなかったのは、すごいことなのかもしれなかった。
 
 
 
 
 家に近づくにつれて、一つの不安が膨れ上がる。
 私が向う祖父母の家は、恐らく祖母一人しかいない。
 信じがたいことなのだが、祖父は定年を過ぎても嘱託という形で勤務を続けている。
 つまり、あの揺れが襲った時間に祖母は一人。
 どこかに出かけているという考えもあったが、八十過ぎの老人の一人歩きだ。
 あまり遠くに出かけることもなく、この道路の状況から見ても家に帰っていることだろう。
 ……不安とは、祖母の遺体を私が見つけてしまうという展開。
 父と祖父の勤務している会社は、大学よりも遠い。
 出た時間もあるだろうけど、私が一番最初に着いてしまう。
 それが、何より怖かった。
 たどり着いた時には、もうとっぷりと陽が暮れていた。
 現在時刻、携帯電話の時刻表示が正確ならば午後六時三十二分。
 当然、灯かりは点いていない。
 まぁ、十年前にはよく泊まりに来ていた家だ。
 庭に何があるか、中はどんな構造かは手に取るようにわかる。
 私は、意を決して敷地に一歩踏み出す。
 すると、居間の窓から白い明かりが見えた。
 祖母か、はたまたこの騒ぎに便乗した泥棒か。
 大通りから一つ中に入れば、もう先ほどまでの世界とは違う。
 文字通りの漆黒の闇だ。
 私は、居間の窓を叩く。
 まぁ、明かりの正体は祖母だったわけだが。
 たまたま、近くのスーパーに行った帰りだったらしい。
 怪我もなく、ひとまず安全に見える居間に篭城していたとのこと。
 幸いにも居間の損傷は少なく、水槽の水が半分ほどこぼれただけのようだ。
 きっと奥の部屋も揺れの被害があるのだろうが、そこは無視することにした。
 この暗闇の中、掃除なんかできるはずがない。
 狭い廊下に出てみれば、壁に掛けてあった額縁が落ちている。
 幸い、廊下に割れたガラスはないようだ。
 スリッパを履いて、なぜか大量に買い溜めされていたLEDライトを装備。
 祖母は居間にそのまま座らせておき、被害状況だけ調べることにする。
 台所、二回、寝室、客間。
 ……まぁ、よくある地震の被害といった感じ。
 幸いというか、翌日は土曜日。
 しっかりと片付けができる。
 とりあえず、手回し式のラジオを発掘した。
 電池の残量を確認し、とりあえずラジオのチャンネルを合わせた。
 ノイズとともに、聞きなれたアナウンサーの声がする。
 実に五時間ぶりの情報。
 これで一応、被害の状況とかを把握できる。
 直後、私は耳を疑う。
 
 10メートルの津波が、自宅の近くを襲ったことを知る。
 
 このときほど、ワンセグが見れるドコモの携帯を忘れたことを後悔したことはなかった。
 ラジオでは、淡々と被害の状況が読み上げられている。
 最初は、いずれ起こると言われていた宮城県沖地震が起きたとばかり思っていた。
 母が被災した世代で、いろいろ話は聞いていたけど津波の話はまったく聞いたことがなかった。
 実際のところ、地震による被害はあまり見受けられなかった。
 だから、歩いてくる途中も不安を感じなかったのだ。
 きっと、すぐに復旧すると。
 ……甘かった。
 仙台空港の一階が完全に水に浸かったという一言で、私は家が流されたことを覚悟する。
 それだけではない。
 きっと、避難所になっている小学校の体育館も津波が押し寄せただろう。
 焦って携帯電話を取り出すも、電話はおろかインターネットにすら接続できない。
 ニュースは流れたまま、自分のほしい情報が確保できないことがこんなにひどいことだとは夢にも思わなかった。
 その後、父と祖父が合流したがこの辺りの記憶はかなりあやふや。
 混乱というよりも、何も考えられなかった。
 買ってきたパンを半分かじり、午後八時を回ったあたりで何とか寝ようという話になった。
 茶の間に四人。
 狭いってもんじゃない。
 毛布は別の部屋からなんとか持ち出せたため、各自寝る努力をする。
 ……しかし、夜間に何度も余震が起きた。
 地震速報を聞き逃さないために、ラジオはつけっぱなし。
 一番玄関に近い位置に陣取った私は、揺れるたびに飛び起きる。
 それが一晩中続き、余震の数が十を超えたあたりで私は数えることをやめた。
 玄関から最も近い場所にいるためか、毛布をかぶっても体が震えるほど寒い。
 表を行き交うサイレンの音は、途切れることもなく。
 私が最後に確認した時間は、翌日の午前二時だった。
 
 
 
 
 夜は、こんなにも怖いものだったかしら。
 メリーの声が聞きたい。

2011.04.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | SS

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